HPH-MT8インタビュー / スタジオエンジニア 杉山勇司 氏

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Japan/Tokyo, May 2017

このヘッドホンを作った人、天才かもしれない。

ヤマハには脈々と続く天才たちが生み出す製品の系譜があって、今回はヘッドホンでした

杉山さんは先代のモデルにあたるHPH-MT220をご愛用いただいています。そんな杉山さんにとってHPH-MT8の第一印象はいかがだったでしょうか。

前のモデルのHPH-MT220をとても気に入っていたので、正直言うとHPH-MT8にはあまり期待していなかったんですよ。「モデルチェンジね、メーカーだからしなくちゃいけないよね」っていう気持ちでした。

ちなみにHPH-MT220はどんな点がお気に入りだったのですか。

HPH-MT220で一番好きだったのは耳のあたり具合。エンジニアという仕事上、一度ヘッドホンをつけると長時間つけることが多いので、ヘッドホンの装着性はとても大事なんです。HPH-MT220のイヤーパッドはプロテインが配合された合成レザーという素材らしいのですが、適度な湿り気と滑らかさがあって、とても快適でした。それとヘッドホンの圧力、つまり「側圧」も良かった。側圧はヘッドホンの遮音性と装着性に直接関係する要素ですが、私が眼鏡をしていて唯一痛くならないヘッドホンがHPH-MT220でした。スタジオの定番の例のヘッドホンだといつも激痛でしたから。そして、もちろん「音質」。私はスタジオモニターとしてMSP7 STUDIOを愛用していますが、HPH-MT220は、このスピーカーに近い音が出ていた。それで「これしかない」と思い、HPH-MT220を愛用してきました。だから新しいヘッドホンが出たとしても「きっと220よりいい音は出ないだろう」と、諦めていたんです。

中域から高域のつながりが非常にスムーズ。「聴いたことのない空間表現」だった

HPH-MT8にとってはものすごくハードルが高い状況だったんですね(笑)。それでHPH-MT8を試していただいて感想はどうでしたか。

期待していなかった反動で、HPH-MT8の音を聴いたときは衝撃でした。ヘッドホンでこんなふうに空間が聞こえるのかと。今までと全く違う音が聞こえたんです。HPH-MT220を改良する余地が、まだこんなにあったのか、と驚きました。

「今までと全く違う音」とは具体的にはどういうことでしょうか。

通常ヘッドホンはその構造上、中高域のどこかにピークが出てしまうことが多いのですが、HPH-MT8は中域から高域のつながりが非常にスムーズなんです。余分なピークがないのでストレスなく拡がる音像が、これまでヘッドホンでは聴いたことがない空間だと感じたのです。

HPH-MT8の出音がスピーカーに近いと言うことですか。

そうです。ヘッドホンの音とスピーカーの音って実はかなり違うことが多いんです。でも人間の補正能力はすごく高くて、ヘッドホンを頭に装着した瞬間に無意識にヘッドホンの音を補正してしまうんです。今までヘッドホンを使っている時、自分も中高域のピークも無意識に補正していたんだと思います。あともう一点、HPH-MT8は「低音」についても正確に再生していると感じました。

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「低音を正確に再生する」とはどういう意味でしょうか。

ちゃんと低音があれば聞こえる。なければ聞こえない、ということ。これもHPH-MT8で聴いてはじめて「ああ、これが正しい低音なんだ」と気づきました。今まで「ヘッドホンだと低音がよく聴こえる」という幻想があったので、低音が強くても不思議に思わなかった。でもHPH-MT8はモニタースピーカーと同じように正確に低音を再生できます。HPH-MT8を使い始めた今では、HPH-MT220ですら、低音がすこしブーストされていたのがわかります。

HPH-MT220とHPH-MT8とを比較すると、具体的にはどんな点が違いますか。

HPH-MT220もかなり良かったですが、HPH-MT8はもっとモニタースピーカーに近い音がします。スピーカーとの境界線がなくなりつつあると思いました。

音質の面以外での違いについてはいかがですか。

装着性はHPH-MT220と同じく良好で、イヤーパッドもHPH-MT220のものが使われています。これは継承されて良かった点だと思っています。音質以外の改良点としては折りたためるようになった点でしょうか。HPH-MT220はいつも持ち歩いていましたが、カバンの中ですごい存在感でした(笑)。でもHPH-MT8はカバンの中で探してしまうぐらいコンパクトです。それとケーブルが差し替えられるようになって、ストレートとカールコードが選べるようになりました。私は卓の前で使うので絡みにくいカールコードを使っていますが、ミュージシャンのモニターであれば距離がとれるストレートがいいでしょうね。用途に応じてケーブルを選べるようになったのも良いと思います。

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ヘッドホンを使うのは、音に集中したい時

杉山さんがミックスでヘッドホンを使うシーンというのはどんな時なのでしょうか。

私はミキシング作業ではモニタースピーカーを使うのがベストだと考えているので、ヘッドホンだけでミックスすることもありませんし、ヘッドホンで聞く人のためにミックスすることもありません。とはいえミックスの現場にはHPH-MT8をいつも持って行きます。私がヘッドホンを使うのは、まず遮音したい時です。ミックスの現場ではスタッフやアーティストが後ろで会話をしている時もありますし、スタジオが静かな状態でも、音に集中していくとファンの音やエアコンの音が気になることがあります。そんな時にはヘッドホンを使って作業をします。それから集中したい時にもヘッドホンを使います。ヘッドホンをすると音への集中度を高めることができるんです。今日もHPH-MT8の取材があるということで、昨夜HPH-MT8でCDを聴いてみましたが、本当に音楽に没入できますね。

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杉山さんが音質評価でリファレンスにするCDはなんですか?

私の場合はピーター・ガブリエルのアルバム『So』を聴いています。

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中継車内でのミックスでHPH-MT8を使ったらスピーカーの音とあまりに違和感がなくて驚いた

HPH-MT8はすでにミックス作業でも活躍しているのでしょうか。

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HPH-MT8はよく使っています。そういえば先日面白い体験をしました。ライブコンサートをイギリスから日本に生中継する仕事があったんです。これが中継車の中でのミックス作業だったんですが、中継車の駐車場所が、外からの音が聞こえてくるところだったのと、中継車内が狭くて機材のファンの音も気になりました。いつもならモニタースピーカーのボリュームを上げれば解決するのですが、この時は小さい音も聴かなくちゃいけなかった。それで遮音して集中するためにHPH-MT8を使用しました。この時、最初HPH-MT8をミキサーにつないだのに音が出ていないので、中継車スタッフに「ヘッドホンに音が来てないよ」と言ったんです。そうしたら「来てる」と。よく聴いたらちゃんと来ていました。ヘッドホンの音とスピーカーの音があまりに違和感がなかったので、ヘッドホンの音がしていないと錯覚してしまったんです。ここまでスピーカーに近い音がするのは驚きでしたね。

最後に一言、メッセージをいただけますでしょうか。

今まで長くヤマハの機材を使ってきましたが、何年かごとに、天才が作ったと言っていいような凄い製品が出るんです。初期のデジタルミキサー/レコーダーの「DMR8」とか、デジタルリバーブの「Pro R3」とか、MSP STUDIOシリーズとか。で、今回のHPH-MT8ですが、これもひょっとして天才の仕事じゃないかな、と思っています。

ご多忙中お時間をいただき、ありがとうございました。

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Profile
1988年、SRエンジニアからキャリアをスタート。くじら、原マスミ、近田春夫&ビブラストーン、東京スカパラダイスオーケストラなどを担当。
その後レコーディングエンジニア、サウンドプロデューサーとして多数のアーティストを手がける。主な担当アーティストは、ソフト・バレエ、ナーヴ・カッツェ、東京スカパラダイスオーケストラ、Schaft、Pizzicato Five、藤原ヒロシ、UA、X JAPAN、L'Arc〜en〜Ciel、LUNA SEA、Jungle Smile、Super Soul Sonics、広瀬香美、Core of Soul、cloudchair、Cube Juice、櫻井敦司、dropz、睡蓮、Heavenstamp、ニルギリス、堀江由衣、寺島拓篤、阿部真央、Babyboo、YOSHIKI、河村隆一など。
また、書籍『レコーディング/ミキシングの全知識』 ( リットーミュージック)を執筆。

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